現代ビジネスにおいて、人間にはできないタスクを効率的にこなせるロボットは必要不可欠です。
工場などで一般的に使用される「ロボットアーム」や、工事現場などの危険な場所で物資を迅速に運ぶ「四足歩行ロボット」など、現在ではさまざまなロボットが多くの領域で活躍しています。
こういったロボットの設計に欠かせないのが、NVIDIA社の提供する「Isaac Sim」というソリューションです。
本記事では、Isaac Simの基本的な情報から、何ができるのかを実際の事例を通して詳しく解説します。
Isaac Simの導入に必要な製品とおすすめメーカーについても併せてご紹介しているので、ロボティクス事業に興味のある方はぜひ最後までお付き合いください。
目次
NVIDIAのIsaac Simとは?
Isaac Sim(アイザックシム)とは、GPUの世界的メーカー「NVIDIA(エヌビディア)」が提供するロボティクスシミュレーションプラットフォームです。
Isaac Simを活用すれば、リアルな仮想環境内でロボットの設計、テスト、データ生成を行うことができ、開発プロセスの高速化とコスト削減が可能です。
これにより、製品の市場投入までの時間を短縮し、競争上の優位性を確保できます。
簡単にいえば、Isaac Simは高度なシミュレーション機能を提供し、ロボティクス開発の効率化をサポートするツールです。
開発者は物理的な試作品を何度も作成することなく、デジタル環境でさまざまなシナリオを試すことができます。
Isaac SimはNVIDIA Omniverseプラットフォーム上で動作するアプリの一部ですが、現在はスタンドアロンのアプリとしても利用できます。
NVIDIA Ominiverse(オムニバース)とは、簡単にいえば複数人で3Dデザインやシミュレーションを行うためのプラットフォームです。
Omniverseについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
Isaac Simの特徴4つ
Isaac Simの特徴は主に以下の4つです。
- ロボットの設計と仮想環境内でのテスト
- センサーシミュレーション
- AIと機械学習のトレーニング
- デジタルツインの作成
それぞれについて、詳しく見ていきましょう。
①ロボットの設計と仮想環境内でのテスト
Isaac Simを活用することで、ロボットの設計の効率化が可能です。
Isaac Simは、複雑なロボティクスアプリケーションをリアルタイムでシミュレートし、さまざまな環境条件下でのパフォーマンスを予測することができます。
これにより、開発初期段階で設計のミスを発見し、修正することが可能になります。
また、本来であれば設計したロボットの性能を試すには、実際に試作品を作ってさまざまな物理環境を想定したテストを行わなければなりません。
しかし、Isaac Simでは物理的なプロトタイピングを行わなくても、NVIDIAの高度な物理シミュレーション技術を使用して、仮想環境内でこれらのテストを行うことができます。
例えば、ロボットが実際の工場や屋外環境で遭遇する可能性のある障害物を回避する能力を、試作品を作成せずにテストすることなども可能です。
これにより、設計の反復を迅速に行い、開発プロセスを大幅に加速させられます。
②センサーシミュレーション
Isaac Simの2つ目の特徴は、高度なセンサーシミュレーションにあります。
センサーシミュレーションは、ロボットや自動運転車などのシステムが実世界で遭遇するさまざまな状況を仮想環境内で再現し、テストするために不可欠です。
Isaac Simは、光学カメラ、LiDAR(レーザー光を使った距離測定装置)、IMU(慣性測定装置)など、多くの種類のセンサーをシミュレートすることができます。
このセンサーシミュレーションにより、開発者は現実世界でプロトタイピングを行わずに、センサーの性能やアルゴリズムの反応を試せます。
例えば、自動運転車のセンサーが異なる天候や光条件下でどのように機能するかをテストすることなどが可能です。
なお、LiDAR製品はイスラエルのInnoviz Technologies社のものがおすすめです。
Innoviz Technologies社はLiDAR技術の世界的メーカーであり、NVIDIA DRIVE SimとInnoviz Technologies社製のLiDARを組み合わせることで非常に精巧な仮想化モデルを構築できます。
Innoviz Technologies社のLiDARに興味のある方はこちらのリンクからご確認ください。
③AIと機械学習のトレーニング
Isaac Simの「Isaac Replicator」というツールを利用すれば、AIモデルのトレーニングに必要なデータを効率的に生成できます。
AIモデルのトレーニングでは、通常大量のデータが必要ですが、これを収集するには多大な時間とコストがかかるのが難点でした。
しかし、Isaac Replicatorを使用すると、さまざまな条件下でのシミュレーションを通じて、必要なデータセットを自動的に生成できます。
生成されたデータセットは、バウンディングボックス、深度、セグメンテーションなどの情報を含む画像として出力され、これによりAIモデルは現実世界のさまざまなシナリオに対応できるようにトレーニングされるのです。
このようにIsaac Simは、AIと機械学習のトレーニングプロセスを高速化し、より精度の高いモデルの開発を支援します。
④デジタルツインの作成
Isaac Simには、デジタルツインの作成を効率化できるという特徴があります。
具体的には、USD(Universal Scene Description)を用いて、物理的な環境やシステムを正確にデジタル化し、仮想環境での動作やインタラクション(相互作用)をシミュレートできます。
例えば、工場の自動化システムの設計や、新しいロボットアームの動作テストなど、具体的なシナリオのシミュレーションが迅速かつ正確に実施可能です。
他にも、物理ベースのレンダリングとシミュレーションを活用することで、現実世界での物体や光の動きを非常にリアルに再現し、デジタルツインを用いた予測や問題解析を行う際の精度を向上させることもできます。
これにより、企業は製品の市場投入時間の短縮、運用コストの削減、そして全体的なプロセスの効率化を図ることが可能です。
デジタルツインとは?
デジタルツインとは、実世界の物体やシステムをデジタル上で正確に模倣し、その振る舞いや性能をシミュレートする技術です。
リアルタイムで物理的なデータを収集し、デジタルモデルに反映させることで機械の状態や性能を正確に追跡し、維持管理や運用を効率的に行えます。
主に、製造業での故障予知や効率改善、都市計画での交通流のシミュレーション、医療分野での治療計画の最適化など、幅広い分野で活用されています。
デジタルツインの利点は、物理的な試行錯誤にかかるコストと時間を大幅に削減しながら、迅速に問題を特定し解決策を導出できることです。
また、メタバースとデジタルツインは似たような概念として捉えられがちですが、両者は全く異なるものです。
メタバースとは、簡単にいえばデジタルテクノロジーを駆使してインターネット上に構築された「仮想空間」のことです。
一方、デジタルツインとは、現実空間上のオブジェクトをIoTなどの技術を活用して仮想空間上に再現する技術のことです。
「現実」と「仮想」に同じものが2つあることになるのでデジタル「ツイン」、つまり「双子」と呼称されます。
デジタルツインの活用事例はこちらの記事で詳しく解説しているので、ぜひ併せてご確認ください。
Isaac Simの活用事例4つ
Isaac Simは、主にロボットの設計において非常に効果的なソリューションです。では、どのようなロボットに活用すれば良いのでしょうか?
ここでは、Isaac Simが活用できる主な事例をご紹介します。
①無人搬送車(AGV)
無人搬送車(AGV)とは、工場や倉庫などで物資を自動的に運搬するための車両です。
AGVは、プログラムされたルートに沿って自動的に動き、センサーやソフトウェアを使用して障害物を避けるという能力を持っています。
無人搬送車(AGV)の設計において重要なことは、正確なナビゲーション、効率的なルートプランニング、そして安全な障害物回避です。これらの機能を確実に行うためには、現実世界での広範なテストが必要になりますが、これには多大な時間とコストがかかります。
しかし、Isaac Simの高度なシミュレーション機能を活用すれば、上記プロセスを迅速かつ低コストで進められます。
具体的には、Isaac Simを使用することで、現実の物理環境を模倣した仮想環境で、AGVの動作を詳細にシミュレーションできます。
このシミュレーションは、AGVが実際に運用される環境を精密に再現するため、さまざまなシナリオでAGVの反応をテストすることが可能です。
例えば、異なる障害物配置や緊急停止シナリオを仮想的に再現し、AGVのセンサー反応やナビゲーションアルゴリズムの有効性を検証できます。
これにより、開発初期段階で問題を発見し、迅速に改善策を実施することが可能です。
②自律走行搬送ロボット(AMR)
自律走行搬送ロボット(AMR)とは、環境を認識し、障害物を回避しながら設定された目的地へ物品を運ぶロボットです。
この設計において重要なことは、正確な環境認識と障害物回避能力の確保です。これには、センサーの選定や統合、ナビゲーションアルゴリズムの開発が不可欠となります。
また、物理プロトタイプのテストには多大な時間とコストが必要です。しかし、Isaac Simを活用すれば上記のプロセスを大幅に改善可能です。
具体的には、Isaac Simの強力なシミュレーション機能と、NVIDIA Jetson Orinシリーズの先進的なコンピューティング能力を組み合わせることで、実際の試作品を製作する前にデジタル環境で全てのテストを行えます。
Isaac Simは、仮想環境内でのナビゲーションや障害物回避のシナリオを高精度にシミュレートすることが可能です。これにより、設計の早い段階で問題を発見し、迅速に対応できます。
このように、Isaac SimとNVIDIA Jetson Orinシリーズを使用することで、AMRの開発サイクルを短縮し、コストを削減しながらより高性能で信頼性の高いロボットの設計が可能です。
③四足歩行ロボット
四足歩行ロボットとは、犬や馬などの動物に似た動きをするロボットで、段差のある場所や障害物の多い場所で活用することにより、先のAGV/AMRよりも活動領域が拡がります。
例えば、Unitree Robotics社の四足歩行ロボット「Unitree Go 2」は、高度なセンサーとAIを組み込んでおり、自動で障害物を検知し回避する機能や、多様な地形での認識能力を有しています。
他にも、DEEP Robotics社の「X30シリーズ」の四足歩行ロボットは、産業用途に特化しており、全天候型の対応や工業用階段の昇降能力を備えているのが特徴です。
これにより、建設や農業、災害対応などの現場で高い効率と安全性を実現できます。
これらの四足歩行ロボットの設計プロセスも、Isaac Simを活用することでより効率的かつ精確に行うことが可能です。
④工業用のロボットアーム
工業用ロボットアームとは、製造ラインや組立作業で主に使用されるロボットで、精密な動作や繰り返し作業の自動化に役立ちます。物体の持ち上げ、移動、組み立てなど、多様なタスクを実行することが可能です。
Isaac Simには「Joint Monkey」というロボットシミュレーション機能が標準で搭載されており、これを利用することでロボットアームの設計を効率化できます。
Joint Monkeyは、ロボットアームの関節を一つずつ動かしてテストするシンプルなサンプル機能です。これにより、開発者はロボットの可動範囲や動作の連携を簡単に検証でき、設計の初期段階での調整が容易になります。
Isaac Simに必要な環境
Isaac Simは、PC周りの環境とNVIDIA Omniverse(オムニバース)を導入しておくとスムーズです。
ここでは、PCに求められるスペックとNVIDIA Omniverse(オムニバース)について紹介します。
①高性能PCとGPU
Isaac Simは、高度な物理シミュレーションと3D環境をリアルタイムで処理する必要があります。これには大量のデータ計算とグラフィック処理が必要で、処理プロセスは非常に多くの計算リソースを消費します。
特に、複雑なシミュレーションではリアルタイムの物理的相互作用や光の追跡が含まれるため、高性能なGPUを用いることでこれらの計算を効率的に行うことが可能です。
Isaac Simの推奨スペック
最小要件 | 推奨要件 | 理想的な要件 | |
---|---|---|---|
OS | Ubuntu 20.04/22.04 Windows 10/11 |
Ubuntu 20.04/22.04 Windows 10/11 |
Ubuntu 20.04/22.04 Windows 10/11 |
CPU | Intel Core i7(7th Gen) AMD Ryzen 5 |
Intel Core i7(9th Gen) AMD Ryzen 7 |
Intel Core i9/X-series以上 AMD Ryzen 9/Threadripper以上 |
メモリ | 32GB | 64GB | 64GB以上 |
ストレージ | 50GB SSD | 500GB SSD | 1TB NVMe SSD |
GPU | GeForce RTX 2070 | GeForce RTX 3080 | RTX A6000 |
VRAM | 8GB | 10GB | 48GB |
上記のスペックは、シミュレーションの複雑さや実行するタスクの種類によって異なる場合がありますが、基本的には高性能なGPUを備えたシステムが求められます。
特にNVIDIAのGPUはCUDAコアを利用して高度な計算処理を行うことができ、Isaac Simでのシミュレーションに最適です。
②NVIDIA Omniverse(オムニバース)
NVIDIA社が提供しているOmniverseとは、さまざまなソフトウェアやツールが連携し合うことを可能にする、仮想コラボレーションおよびシミュレーションプラットフォームです。
3Dコンテンツの作成者がリアルタイムで共同作業を行い、複数のアプリケーションやユーザー間でデータをシームレスに交換することを可能にするために設計されています。
USD(Universal Scene Description)というオープンソースのフレームワークを利用して、異なるソフトウェア間での互換性と効率的なワークフローを実現します。
Isaac Simは、Omniverseプラットフォーム上で動作するアプリケーションの一つであるため、Omniverseを導入するのがおすすめです。
Omniverse(オムニバース)についてはこちらの記事でさらに詳しく解説しています。
データ収集のためのステレオカメラ
Isaac Simで物理環境をシミュレーションするためには、現実のオブジェクトの3Dデータを収集しなければなりません。
そのために必要なのが「ステレオカメラ」です。
ステレオカメラとは、2つのレンズを用いて同時に2つの画像を撮影し、これらの画像から距離や深度情報を算出する装置です。
この技術は「マシンビジョン」の一環として利用され、物体の位置や形状を正確に識別するために重要です。
ステレオカメラにより取得されたデータは、Isaac Sim内でのオブジェクトや環境の正確な3D再現に不可欠で、これによってシミュレーションのリアリズムと精度が向上します。
なお、ステレオカメラは「Stereolabs社」と「Orbbec社」がおすすめです。
Stereolabs社
Stereolabs社とは、ステレオビジョン技術を用いた3D深度センシングとモーションセンシング技術を提供するリーディングカンパニーです。
同社のステレオカメラ「ZED Xシリーズ」は、特に自律移動型ロボット向けに設計された産業グレードのAIカメラです。
Neural Depth Engine 2を搭載しており、高解像度の1200p 60fpsでの映像撮影が可能な上に、16ビットの3軸加速度センサーとジャイロスコープを組み合わせた高性能IMU(慣性測定装置)を備えており、ロボットの動きを高精度にトラッキングできます。
ロボットのシミュレーションにおいては、ZED Xシリーズの高精度なローカリゼーションと障害物検出機能が非常に有効です。
これにより、Isaac Sim内でのシミュレーション環境でロボットが直面する可能性のある複雑なシナリオをリアルに再現し、テストすることが可能になります。
ソフトウェア開発キット(SDK)も提供されているので、例えば深度計測、空間マッピング、トラッキングなど、豊富なライブラリを基に簡単に機能を拡張できるのも嬉しいポイント。
また、NVIDIA社とパートナーシップを締結しており、NVIDIAのJetsonプラットフォームを組み合わせた製品開発も行っています。
Stereolabs社のステレオカメラに興味のある方はこちらのリンクからご確認ください。
Orbbec社
Orbbec社とは、3Dビジョン技術を用いた製品を開発する企業で、特にステレオカメラとセンシングテクノロジーにおいて業界をリードしています。
同社のステレオカメラは、高精度な深度感知能力を持ち、ロボットのシミュレーションに最適です。
Orbbec社のカメラは、物体認識、トラッキング、3D画像再構築などの複雑なタスクを支援するために設計されており、ロボティクスや行動分析といった分野での応用が期待できます。
特に、Orbbec社のステレオカメラ製品は、コストパフォーマンスに優れ、高性能ながら手頃な価格で提供されている点が特徴です。
これにより、スタートアップ企業から大企業に至るまで、幅広い顧客層が高品質な3Dビジョン技術を活用することが可能となっています。
Orbbec社のステレオカメラに興味のある方はこちらのリンクからご確認ください。
Isaac Simを使うならNVIDIA Jetson Orinがおすすめ!
NVIDIAのIsaac Simを最大限に活用するには、NVIDIA Jetson Orinシリーズが最適です。
Jetson Orinシリーズは、エッジAIとロボティクス向けに設計された高性能な組み込みコンピュータプラットフォームで、最大275TOPSのAI性能を持ち、高度な計算能力を発揮します。
これにより、リアルタイムのレイトレーシングや物理シミュレーションが可能になり、Isaac Simの高精度なシミュレーション環境を支えることが可能です。
特にステレオカメラを使用したロボティクスアプリケーションでは、Jetson Orinの強力な処理能力が大きなメリットとなります。
Jetson Orinは、ステレオカメラからのデータをリアルタイムで処理することが可能で、シミュレーション環境での精度を大幅に向上させます。
また、OmniverseプラットフォームとJetson Orinはシームレスに統合されています。
これにより、Jetson Orin上で実行されるAIモデルを簡単にシミュレートおよびテストでき、開発プロセスを大幅に効率化できます。
Isaac Simの導入にお困りならアスクまで!
本記事では、NVIDIAのIsaac Simを詳細に解説し、その特徴や多岐にわたる活用事例、そして利用開始に必要なツールについて紹介しました。
Isaac Simはロボットの設計、センサーシミュレーション、AIと機械学習のトレーニング、デジタルツインの作成など、複雑なプロセスを効率的にシミュレートする強力なツールです。
現代産業において、もはや工業用ロボットは必要不可欠なものとなっているのは言うまでもありません。Isaac Simは今後も、技術の進化とともにその機能が拡張され、より多くの産業において利用されることでしょう。
監修者:麻生哲
明治大学理工学部物理学科を卒業後、ITベンチャーにて多数のプロジェクトを成功に導く。子会社を立ち上げる際には責任者として一から会社を作り上げ、1年で年商1億円規模の会社へと成長させることに成功。現在は経験を活かし、フリーランスとしてコンテンツ制作・WEBデザイン・システム構築などをAIやRPAツールを活用して活動中。
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